同人誌印刷会社で働いていた3年間について話そうと思う




僕は24才から27才までの3年間、その道ではそれなりに名の通った同人誌印刷会社で働いていました。
結論からいってしまえば、圧倒的にブラックな企業だったわけなんだけど、当時まだ20代だったこともあり、なんとか無事に生きて退職することができました。

1ヵ月間休みがない(もちろん土日も)ことも珍しくなかったし、わずか3週間で時間外労働が200時間近くになったこともあります。

今振り返ってみると、よく3年間も耐えることができたなと。

ブラック企業に勤めていい事なんてありません。

ほとんどの人が身も心も壊れる瀬戸際で、奴隷のように働いていました。

もし同じように苦しんでいる人がいたら、会社を辞めたって生きていける。

この記事が居場所は一つだけじゃないと、知るきっかけになってもらえたら幸いです。

同人誌印刷会社の日常

日常と非日常は紙一重。

1歩そこへ踏み込めば、われわれが暮らす現実とは異なる世界が存在する。

小柄な女性が漫画の描かれた原稿を、集中をとぎらせることなく見つめている。

年の頃は40過ぎくらいであろうか。

普段は良き母であろう女性が見つめる先には、口にするのもはばかられるような行為を、考えうる限りの表現をもって卑猥に描いた小冊子がある。

同人誌だ。

彼女が食い入るように同人誌を見つめるのには訳がある。

それはいつからか、彼女を女として扱わなくなった夫とのセックスレスが原因でもなく、不倫相手とのプレイを熱心に研究することが目的でもない。

久しく抱かれていない欲求が、無意識のうちに噴出してきてしまった結果でもない。

お客様第一。

そう彼女はプロなのだ。

お客さまのデータ、原稿に不備があってはいけない。性器のモザイクが薄すぎて問題になってはいけない。そんなお客さまを第一に思うからこそ日々のチェックにも力が入る。

はっと何かに気づいた様子の彼女は、おもむろに電話を手に取り、受話口の相手に告げる。

「このページのこのコマのモザイクが薄すぎるので、修正お願いします」

家族の前では決して口にすることがないであろう言葉を、注文の確認を繰り返す店員かのような気軽さで行う。

電話を終えた彼女は、何事もなかったかのように、再び別の原稿に目を落とす。

違法モザイクは絶対に見逃さない。そんな強い意思が彼女に瞳には感じられる。

より薄いモザイクで性的な興奮をあおりたい作者と、絶対に違法なモザイクをゆるさない彼女との戦いがそこにはある。

ひとつの原稿に目を通し終え、ほっとするのもつかの間。

いつ果てるともしれない原稿の山が彼女を待っているのだ。

終わりのない戦い。疲弊していく体に鞭をうち彼女はモザイクを見つめる。

そう、これが同人誌印刷会社の日常なのだ。

やっとの思いで仕事が終えた彼女は帰宅の戸につく。しかし気を抜く暇などない。家事という毎日逃れることのできない、人生の呪縛のような仕事が残されている。

手際よく夕飯の用意をし、溜まった洗濯物を片付ける。家事を終え子どもを寝かしつけ、ようやく彼女にもひと時の休息が訪れる。

しかし、そんな時間も長くはない。

明日も朝早くに夫と子どもを送り出し、モザイクを確認する仕事が待っている。

そうそうに部屋の電気を消し彼女は眠りにつく。

そして彼女は「いってらっしゃい」と家族を送り出した後、振り返ることなく自宅を出て、今日も非日常の世界へ踏み込んでいくのだ。

そんな高尚なものではない

となんとなくそれっぽく書いてみましたが

要するに、あんたのエロマンガ、モザイク薄すぎて丸みえだから、ちゃんと直してくれないとこっちがお縄になるんだよ!ってことをパートのおばちゃんが言ってるだけです。

でも入社したての頃は、やっぱりオドロキの連続でしたよ。

だってホントにパートのお母さんたちが穴が開くんじゃないかってくらいにエロマンガを凝視しているんですから。

その内容だって普通のストレートなシチュエーションなら、まぁ大人なら仕事と割り切って流すこともできますけど

やれ、僧侶とスライムだとか、やれ、お姫様とオークだとか、触手だなんだって。

自分の母親がそんな世界を知っているって思うだけで、何かこうむずむずしませんか?

仕事中にエロマンガ読んでムラムラしちゃった母ちゃんなんて想像できますか?

だからパートさんにはその当たりの事は触れずじまいでしたので、どんな気持ちで仕事をしていたのか真相は闇のなかです。

ブラック企業の実態

ではそんなブラックエロマンガ製造工場の内情はどうであったのか振り返ってみたいと思います。

これはあくまでボク個人の体験ですので、すべての同人誌印刷に当てはまるわけではありませんので、ご了承のほどを。

社長がクズ

もうこれはブラック企業の避けられぬ宿命です。

とにかくクズです。社員のことなんて1mmも考えていません。

クズエピソードには事欠かないんですが、特に印象に残っている事が1つあります。

それは結婚を機に退職する事務員の女性がいたんですが、その人が退職した翌週の出来事です。

いつものように全体朝礼のため全社員が集められます。そこで開口一番に社長がはなった言葉は

「彼女はきっと離婚して、またこの会社に戻ってくる、僕にはわかる。」

「彼女は絶対に離婚する」

結婚した翌週ですよ。

しかもそれを全社員の前で。大真面目な顔で。

何かイヤミとか皮肉ですらなくて。本心なんですよね。

ただのサイコパスですよ。

たぶん多いと思いますよ、ブラック企業の経営者には。サイコパスガ。

人の入れ替わりは観覧車のごとく

超絶ブラックなので、人の入れ替わりは観覧車そのもの。

誰かが降りれば、誰かが乗る。

降りる周期も1年~2年とほぼ相場も決まっています。

いわゆるブラック企業あるあるを地で行き、3年経てばベテランの世界でした。

唯一のメリットは、ド新人の状態から重要な仕事もバンバンやらされるので、仕事を覚えるスピードは尋常じゃなく鍛えられること。

それでも当時は今ほどブラック企業というものが認知されていなかったのもあり、人手不足になることはなかったですね。

ただ社員はみんな若かったです。

まぁ若くなきゃ持ちませんけど。

社内恋愛(不倫)が当たり前

休みもなく長時間労働が当たり前の環境では、会社で過ごす時間が一番長くなります。

そうすると必然的に、同僚たちと妙な連帯意識がうまれるんですよね。

夏コミや冬コミ前なんてほんと地獄でしたから。

毎日AM4時まで仕事して、出社は通常通り。土日も休みなはずもなく約3週間ぶっ通しで働き続けます。

家に帰ってお風呂に入って仮眠を取るだけの生活。

だからそれを乗り越えたときに、同じ苦難を乗り越えた仲間みたいな気持ちになってくるんですよね。それが男女の間なら恋愛に発展することも必然といえば必然なわけで。

社内カップル率は異常でしたね。

パートさんだって繁忙期は休みなく夜12時まで仕事してましたから。あまりに非常識な労働時間にダンナさんが殴り込んでくることも日常茶飯事でした。

当然不倫を疑う人もいましたし。

あぁ実際にしてる人もたくさんいましたけど(笑)

不倫が横行してました。

みんないい人

ブラック企業にもいろいろあって、僕がいた会社は経営者がクズなだけで、ほんとに社員さんはいい人ばかりでしたね。

やさしいから付け込まれるのか、真面目だから辞められないのか。

辛いことを一緒に乗り越えた連帯意識もあり、とにかく仲は良かったです。だからそんな仲間に迷惑をかけられないって思ってしまって、辞めるという決断ができない人も多く見てきました。

意外とお金が貯まらない

労働環境については超ブラックでしたが、残業代はちゃんとでてました。じゃあ月に200時間も残業すれば相当お金は貯まるんじゃないかと思われそうですが、多くの独身組はそうでもなかったですね。

1ヵ月間休みもない軟禁状態になると、それが解かれたときにまず最初にすることがストレスの発散です。

美味しいものを食べまくるとか、欲しかったものを買いまくるとか、あんなに頑張ったんだからと自分へのご褒美を与えることで、何とか働く意義のバランスを取ろうとするんですよね。

がんばって散財しての繰り返しで、お金が貯まらないスパイラルに落ちて行ってしまいます。

印象深かった3つの事件

3年と言う短い期間でしたが、いくつか記憶に残る出来事があったので紹介したいと思います。

特定されるおそれがありますので、多少のフェイクはありますのでご了承ください。

某有名ゲーム会社に訴えられる

結果的には大事にならずに済んだのですが、当時の部長は警察に呼びだされて事情聴取されています。

訴訟理由としては、某有名ゲームキャラクターを同人誌に登場させ卑猥な行為をさせる、という内容の同人誌を製作し著作権を侵害したという理由です。

ちなみにそのキャラクターは人間ではありません。

もちろん会社が本の内容にかかわることはなく、作者が作成した原稿を元に印刷・製本しただけです。

今後一切、某ゲーム会社キャラクターが登場する同人誌の発行にかかわらないことを条件に事なきをえました。

止まらないFAX

どんな工業製品にも不良は一定数発生します。

しかし同人誌の場合は作者の思い入れが強い分、クレームにかける情熱も行き過ぎてしまう場合があるようです。大量生産品と違い、300冊程度の受注であれば一冊一冊自分の手でチェックできますからね。

会社の作った本のクオリティに満足できなかったお客さんが、一日中FAXを途切れることなく送ってきたことがあります。どこがダメで、何がダメで、どれだけダメかということを延々と送り付けてきたことがありました。

さすがにちょっと恐怖を感じましたね。

注:もちろんほとんどの同人作家さんはそんな事はしません。

元同僚がセクシー女優に

ボクが在籍中のことではなく、退職して数年後の話です。

いつものようにセクシービデオをチェックしていた時の事です。

なぜか普段ならあまりタイプではない作風のものが目に入り、何かに導かれるかのように商品画像をクリックしました。

するとそこには見覚えのある顔が。

もちろんそんな状況は想定していなっかたので、とにかく驚きました。

ここ数年で一番驚いた出来事です。

何度も顔を確認しました。

間違いない。

確信に至ると次に考えたことは、一体何があって彼女はこんなことになっているのかということ。

しかしそんことはいくら考えたって分かりっこありません。

僕にできることは目の前に映し出された映像に感謝することだけ。

まぁその後どうしたとかはここでは内緒です。

 

ブラック企業を選んでしまう人の特徴

ブラック企業だと知っていて就職する人なんていませんよね。

僕がこの同人誌印刷会社を選んだ理由は、家から近かった。それだけです。

新卒で入った会社を辞め、1年ほどフリータをしていた時に突如襲われた将来への不安から、いわゆる正社員と言う安定するポジションにつかなくてはと焦っていました。

とにかくどんな会社でもいいから就職しなくちゃ、というあまり賢いとはいえない強迫観念にかられていたんですね。

だから特別同人誌に興味があるとか、漫画が好きだといったこともありませんでした。

むしろ漫画に関してはほとんど読まないといってもいいくらい、関わりの薄いジャンルでしたから。

会社のリサーチなんかも一切することもなくほんとにただ近いという理由だけで面接を受けました。

近所だったので夜遅くまで仕事をしていることは、調べようと思えばいくらでもできたのにそれすらしなかったんですね。

アホです。

僕の場合はブラック企業を選んでしまったのは完全な自己責任です。

だからブラック企業を引いてしまわない為には、徹底したリサーチが何よりも大切です。僕が陥った「とにかくどんな会社でもいいから就職しなくちゃ」なんて愚の骨頂です。

とにかく正社員になったら最低3年は頑張ろうとかも、ブラック企業にあてはめれば時間の損失でしかありません。

ブラック企業に入って全部が無駄だったとは思いませんが、しなくてもいい回り道をしたというのが正直な気持ちです。

だから就職や転職を考えている人はしっかりリサーチすることをオススメします。

それですべてのブラック企業を回避できるわけではありませんが、せめて転職サイトを利用してリスクを軽減することくらいはやっておきましょう。

退職のきっかけ

そんな辛い毎日でも周りの人に恵まれたこともあって、血を吐くような日々を歯を食いしばって耐えることができました。

しかしある出来事がキッカケで、唐突にぼくのエロマンガ製造生活は終わりを迎えます。

夢か真か

いつものように、クズ社長の理不尽な仕事をみんなの力で乗り越えたときに事件は起こりました。
もともと2週間以上連続の徹夜をこなし、平均睡眠時間2時間という激務を終え、全員がやっと終わった、やっと帰ってゆっくり眠れると思ったまさのその時です。

社長があらわれ労をねぎらうわけでもなく、一言「仕事取ってきたから。今から製本して明日の朝には完成させといて」とだけ残し去っていきました。
どう考えてもすぐに終わるような量ではなく、おそらく今からやっても終わるのは翌朝5時。

しかもその後、自分たちで納品までしてこいと。場所は車で1時間30分ほどかかる大学のキャンパス。同人誌以外の製本もしていましたのでシラバスの受注でした。
製本して納品までするとなると、最終的なフィニッシュは翌日の夕方。丸24時間後。

全員に絶望の表情が浮かびました。

それでも僕たちは色んな困難を乗り越えてきた仲間。つらくても俺たちなら乗り越えられる、やるしかない!なんていう謎の連帯感、使命感を発揮し、翌朝の5時まで働き続けました。

製品完成後トラックに本を積みそのまま不眠で車を運転し指定の大学へ向かいます。

あとは大学に本を納めるだけ。

しかしそこで待っていたのは台車や運搬の道具を使うことが許されず、数万冊の本をすべて人の手で運ばなければならないという現実でした。

学生が使うからとエレベーターさえ使わせてもらうこともできず、数十冊単位のシラバスを、4Fの教室まで階段を使い運ぶことになりました。

全員が朦朧とし、ただ無言で、無心でシラバスを運びました。何回も何百回も。

何時間繰り返していたかも、分かりません。

数え切れないほどの反復をし、ついにすべての本の搬入を終える瞬間が訪れます。

誰もが体力の限界を超えていました。

やった!俺たちはやりとげたぞ!

そう叫びたかったのですが、もはやただ空気を震わせただけの囁きにしかなりませんでした。

そして最後の気力を振り絞り、会社へ向かいます。

会社に着いたのは定時直前のPM5時過ぎ。あとは終業のチャイムがなるのを待つだけ。

全員がやっと終わった、やっと帰ってゆっくり眠れると思ったまさのその時です。

社長があらわれ労をねぎらうわけでもなく、一言「仕事取ってきたから。今から製本して明日の朝には完成させといて」とだけ残し去っていきました。

!?

あれ?

なんかこれみたことある…

これがデジャブってやつか?

いや、待てよ

今それを終えて帰ってきたんじゃないのか?

ついに限界を超えて、おかしくなってしまったのか。

本気でそう思いました。

まともな思考ができなくなっていた僕たちは、いま起こったことを理解することができませんでした。

しばらくの間誰も言葉を発することができずにいました。

すると誰かが

「もう無理」

とつぶやきました。

「おれももう無理」

もう一人がいいます。

あとはもうドミノ倒しのように、全員の気持ちがバタバタと倒れていきました。

「もう無理だ、できないってちゃんと言うべきだ」

全員の意志は同じです。

そして僕が代表し、社長のところへ直接掛け合いに行きました。

もうみんな限界だと、これ以上は無理だと必死に訴えました。

すると即答で帰ってきた言葉は

「君たち明日からもう来なくていいから」

なんとか繋いでいた糸がきれた瞬間でした。

結局この件が原因で20名近くの社員が退職することになりました。

その後社長は全社員を集めた朝礼で

「私の会社を辞めたアイツらは絶対に不幸になる。私が言うんだから間違いない」

と吐き捨てたそうです。

僕がブラック企業に勤めて学んだこと

結局その後、当然そんな理不尽な理由でクビにすることなどできるはずもありません。

社労士の方が仲裁に入り2ヵ月分の給料を支払うことで決着しました。

そうしてなんとかギリギリの状態ではあったけれど、無事に退職し、その後は人並みの生活を送れるようになりました。

僕がブラック企業に勤めて学んだことは、絶対に企業の下調べはしなくちゃいけないって事。

ハローワークだけじゃなくて、転職サイトや転職エージェントをもっと活用すれば、こんなブラック企業に勤めることもなかったと思います。

もし今転職を考えている人がいたら、次の転職先が無条件で今より良くなるなんて思わないでください。

ハローワークの求人情報だけで判断したら失敗します。
この会社だって、月平均残業20時間って書いてありましたから(笑)

転職する前に、転職の成否は決まっているんです。

自分の未来を決める重大な決断です。

失敗しない為にも、利用できるものは何でも利用してください。

こんな僕の体験が何かの参考になれば幸いです。