いくら藤井四段が話題だからって、自分の子どもに将棋をやらせる安易な親に一言いいたい




ちょっと将棋が注目されたからって、すぐに自分の子どもに将棋やらせたりして期待しちゃう親っているじゃないですか?

お前も将棋でもやってみるか?ってな感じで。

そんな人に対して、あんたの子どもは藤井聡太にはなれないよって、否定する人も多いと思います。

でも、僕は

いや、いいよその調子って応援したいです。

どんどんやっちゃってとも。

安易、大いに結構だよねって。

だって影響なんて受けたもん勝ちだから。

それがたまたま将棋なのか、サッカー選手なのか、アイドル歌手だったかの違いでしかないんだから。

もちろん、本人が望んでやってるのが大前提なのは言うまでもないんだけど。
親が無理やりやらせるのはダメだよ。

あのジダンだってキャプテン翼に憧れてサッカーを始めたわけ。

ほんと石崎じゃなくて良かった。

DFジダンの顔面ブロックなんてみたくないからね。

だからみんな最初は好きな人や憧れがあって夢を持つんだから、きっかけなんてものは何でもいいはず。

なんだってスタートラインに立つことが大事。

うるさい外野はほうっておけばいいと思うわけですよ。

子どもの可能性はどんな形であれ応援してあげるべき。

絶対に言ってはいけない言葉がある

だからそうやって何かに熱中している子どもに対して、絶対に言ってはいけない言葉があるんですよね。

それは

どうせ無理

という言葉。

このたった数文字の言葉は全ての可能性を奪う悪魔の言葉

中森明菜にマッチのことは、言っちゃだめ。

たぶん未だにダメ。

宮沢りえに貴乃花の話をするくらいの圧倒的タブー。

ジダンに「お前は翼にはなれない」なんて言ったら、今ごろレアルはCLの2連覇なんてしてないでしょ?

全ての可能性を潰してしまう『どうせ無理』と言う言葉。

そしてこの言葉をこの世からなくしたいと、本気で考えている人がいます。

植松努さんです。

植松努さんとは?

植松努さんは小さなころから夢だった、ロケット開発や宇宙開発に携わるという夢を叶え、たった一代で日本にひとつしかない無重力状態の実験空間を作りあげることに成功しました。

しかしそこに至るまでは、幼少期から現在に至るまで”どうせ無理”と否定する大人達との戦いがあったそうです。

勉強よりも宇宙やロケットのことが好きで、いつか「いつかはロケットに関係する仕事がしたい」という夢を描いた植松さん。

しかしある時、担任の先生が勉強もせずロケットに夢中だった植松少年にこう言い放ちます。

「夢みたいなことを言ってないで、テスト勉強をしろ」

さらにこう続けます。

「そもそも宇宙なんてよほど頭が良くないと無理だ。すごくお金もかかる。別世界の話だから、お前には無理だ」

この時ショックを受けた植松さんが思ったことは

夢って何だろう?

ということでした。

お前には無理なんて言うけれど、夢はできそうな夢しかみてはいけないのか?

そもそも出来るかできないかは一体だれが決めるんだろう?とも思ったそうです。

そしてなぜやったことも挑戦したこともない人が、どうせ無理なんていうんだろう?

そこで植松さんの出した答えは

今できないことを追いかけるのが夢なんだ

ということです。

どうせ無理はとても楽な言葉

植松さんはどうせ無理という言葉は、とても楽で魅力的な言葉だとも言います。

どうせ無理と決めつけてしまえば、何もやる必要がないから。

最初から無理ならやっても意味がない。

自分がやらない、楽をする理由としてこれ以上の言葉はない。

だから疑うことを知らない子ども達は大人に言われるがままに、どうせ無理なんだと思い込んでしまう

そして諦めることを覚え、夢なんてものは現実を見ていないおめでたい奴が口にすることだ、と決めつけるようになる。

だけどその言葉を発する大人たちは、自分でやったことがない、または挑戦したことがない人達。

そんな人たちの言葉に耳を傾ける必要はないんじゃないかと、植松さんは言います。

だから、Alexandrosなんていう凡百のバンドが、グラストンベリーフェスのヘッドライナーになるなんて荒唐無稽なことを言ってても、どうせ無理なんて言っちゃだめ。

でもそれはどうせ無理で……

いや、言わない。

ぐっ、とこらえる。

ダメ、ゼッタイ。

子どもだけじゃなくて大人にも可能性はある

これは子どもだけじゃなく、大人にも言えること。

僕たちは大人になるにつれ諦めることを覚え、いつのまにかやる前からどうせ無理と決めつけてしまったり。

たとえばそれは才能的な要素だったり、年齢的なものだったもする。

諦める言い訳のためには十分すぎるほど魅力的な言葉が、夏のわらび餅屋のようにしつこくアナウンスしてくるから手に負えない。

夏になると必ずやってくるわらび餅を売る車。

僕はそもそもわらび餅を欲する気持ちなんて、1ミリもない。

一年の内にわらび餅について考える時間は1分未満だと言い切ってもいい。

だけど繰り返される

つめた〜くて、美味しい〜よ♪

なんて言葉を聞くうちに

そんなに言うのなら、よっぽど冷たくて美味しいのか?

とも考える。

何度も何度も同じ言葉を聞かされる内に

そんなに冷たくて美味しいのかと、ややその主張に耳を傾けるまでに態度を軟化させる。

そして最終的には

絶対に冷たくて美味しいはずだと思うようになり、

ならば1ついただこうじゃないかと。

そして僕はたいして欲していたわけでもないわらび餅を、ノコノコと買うハメになるのだ。

夢を諦めるのは、わらび餅を買うことと全く同じ構造だ。

そのベクトルが真逆なだけで。

最初はただ好きだとか漠然と思い描いていた夢を、『どうせ無理』なんておせっかいとしか言えない言葉をわざわざ口にする人間がいる。

あまりにもみんなが言うもんだから、その内に「そっか、そうだよな、どうせ無理だよな」と思い始め、本気になる前に諦めちゃう。

あぁ自分は夢みたいな事考えていてバカだったな。

夢を見ることが、本気になることが恥ずかしいみたいな風潮まで生み出してる。

大人たちがどうせ無理と考えてしまうそもそもの原因は、自分の人生はやり直すには遅すぎる、もう手遅れだと、そんな思い込みもある。

年齢を理由に今からじゃ手遅れだとか、もう挽回できないだとか。

そんな言い訳が口をついて出る。

「夢を追うのに年齢は関係ない」なんて言葉は、きれいごとだと思い込んでいるわけ。

でもそれは世の真理なんでしょうかね?

果たして大人たちはすべてが手遅れなんだろうか。

僕はそうは思わないんですよ。

宇宙へ行った77才

みなさんはジョン・グレンという人を知っていますか?

ジョングレンはアメリカの元海兵隊戦闘機パイロットで政治家。

そして宇宙飛行士でもあるすごい人

そのジョングレンはね、1998年10月29日にスペースシャトル・ディスカバリー号で宇宙へ旅立ったんですよ。

まぁ宇宙飛行士なんだから、宇宙に行くのは当たり前。

でもその時、ジョングレンが何才だったか知ってますか?

77才です。

これは宇宙飛行の最年長記録なんですよね。

あなたは今何才ですか?

20代?それとも30代?

もうすべてを諦めてしまった40代?

ジョン・グレンはとても優秀な人で、そんな人と比べるなと思うかもしれません。

しかしだからといって、77才で宇宙へ行けると思いますか?

世界で最もなることが難しいともいえる宇宙飛行士です。

優れた若い世代のエースもいたことでしょう。

精神的な支柱としたって、もっと体力のある人もいたんじゃないのかな。

それでもジョングレンは乗組員に選ばれたんです。

これでも何かを成し遂げるのに、遅すぎると思いますか?

なんだって挑戦しないことには、何も始まらない。

『どうせ無理』

この言葉の難しいところは、やはりそれでも世の中には無理なことがあるということ。

ジョングレンの話だって結局、夢を叶えられた人のストーリーを意図的に選んで見ているだけ。

その裏には夢を叶えられなかった、数え切れない敗れしものがいるってこと。

そうだとしても、それでも、どうせ無理と最初からやらないことと、結果的に成し遂げられなかったことは全く違うよね。

中途半端でもいいよね。何もやらないよりは。

どうせ無理と決めつける前に、可能性を信じたほうが人生は好転する気がしない?

安易でいい。なんだったら途中で辞めたっていいと思うし。

可能性を生むために必要なのはただ1つ。

行動すること。

どうせ無理なんていう人にはどんな可能性だって生まれやしないよ。

やっぱり、何かを成し遂げるのに遅すぎるなんてことはない。

そう、だから

77才までは諦めないってのを悪くない。

死ぬまで青春なんて言葉もあながち悪くないなとも思うんだよね。

それに、77才になったAlexandrosがどんな舞台に立っているか、見届けてみたいような気もするじゃないか。